会社の退職祝い金で夫婦でハワイ旅行、JTBのホノルル5日間

定年したお祝いにハワイ旅行

数年ほど前になりますか定年退職して、会社の定年退職祝いということで、20万円相当の旅行券を戴いたのです。 そして、お上さんと相談したところハワイにしようと言う事になりました。 ハワイは、お上さんは一度を訪れているが、小生は海外は初ねてあったので楽しみでした。
旅行会社は、日本でもナンバーワンと言われる老舗のJTBにしました。 ネット等でいろいろ調べましたら、JTBはハワイにも立派な営業所があって、当店利用者には丁寧な案内や特典がついているということでした。申し込みはネットでしましてWebサイトのURLは忘れましたが、確か「JTBのホノルル5日間」(実質ホテル三泊)というものでありました。 予算的には一人8万円少々と記憶しております。

さて当日は神奈川県から成田に向かい、夕方出発して日付変更線を越えてハワイのホノルルに到着、早速、親切なJTBの職員に迎えられて、これから先の行動予定等について説明を受けて、色々なサービスチケットやガイド案内書を戴き、早速、初日の観光が始まったのです。

オアフ島観光の拠点はオハナ ワイキキ マリア・ホテル

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オアフ島の主な観光先は、初日はワイキキビーチ周辺のクルーズで、ワイキキ海域のイルカの大群や珍しい魚を見物、又、船上ではハワイアンのウクレレ講習がありまして小生も若干の経験が有ったので参加してもました。 その後、ワイキキビーチ散策しながらホテルに着きました。
滞在ホテルは、オハナ ワイキキ マリア( 2211 kuhio avenue honoruru )といいまして、ワイキキビーチより5分程内陸に向かって歩いたところにあり、ホテルの従業員も多少、日本語が判るようでしたので安心しました。

パールハーバー記念館 モアナルア植物園 カメカメハ王宮殿など見学

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次の日は、JTB案内によるパールハーバー記念館、それに”この木、何の木、気になる木”のモアナルア植物園(モンキーポッドという木で有名)、それに、以前にハワイを治めていたカメカメハ王宮殿など見学しました。

気分爽快 ダイヤモンド・ヘッドへの登山

そして次の日は、ワイキキからの景観で知られるダイヤモンド・ヘッドへの登山、これはJTB特典のトロリーバス、それに徒歩で山頂まで登りました。 山頂よりの展望は絶佳で、ワイキキビーチは勿論、島の反対側も一望のもとでした。

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次には、午前中は待望のワイキキビーチでの水遊び、海水を楽しみました。 午後からはJTB特典、案内のコース観光で、ハナウマ湾やサンデービーチ、シーライフパーク、それに、原住民の悲劇の場所とされるヌアヌパリ展望所などのバスツアーで見物しました。

最終日の観光

その他には、アロハタワーやアラモアナショップセンター、DFSギャラリーでのお土産買い入れや見物、そして最終日は、ワイキキやDFCで散歩の後、ホノルル空港発で帰路に着きました。 ホノルル空港ではチョット判りにくかったですが、日本語の出来る係員に先導されて、安心して食事を摂りながら機内の人になりました。

ハワイは、やはり日本人とは歴史的にも馴染みが深く、日本人も多く在住しているせいか英語のできない小生達には言葉の壁もなく、安心して楽しい旅行が出来ました。
実質3泊、機内泊で延べ5日でしたが、旅費の総額は旅行費用とコミコミで25万円前後でして、旅行の間は事前にJTBの案内で交換していたトラベラーズチェックというドル代用紙幣を主に使用してました。

特に印象に残った箇所、
★ 「ワイキキビーチ」
ご存知、ワイキキはオアフ島のホノルルにあるハワイ観光の中心地で特にビーチが美しいので知られている。  近年は、メインストリートのカラカウア通り、クヒオ通りを中心に多数のリゾートホテルやショッピングセンター、飲食店が建ち並び、多くの観光客が訪れる。ワイキキはハワイ語で“水が涌く”の意味だそうで、元々、この辺り一帯は湿地帯であり、18世紀末まではハワイ王朝の保養地でもあったという。
尚、ワイキキ・ビーチは、本国カリフォルニアから白砂を運んで作られた人工の砂浜であるという・・?。
★ パールハーバー・アリゾナ記念館

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別名・真珠湾は1941年12月8日(日本時間)太平洋戦争において、最初に日本海軍による真珠湾攻撃がされたところで、アメリカ海軍の戦艦「アリゾナ」など多数が被害を受けた所です。 現在は、それらの記念施設が一般に公開されており、現在の日本では観光地としても知られています。 展示館には、当時の日本の空母・赤城などが展示してあり、その技術力、精神力を改めて思い起こされます。 又、展示物の戦艦ミズーリは、1945年8月29日、第二次世界大戦終結のため、東京湾の艦上で行われた日本軍と連合軍との降伏文書調印式が行われた戦艦です。
尚、日本海軍は真珠湾攻撃を前に、真珠湾に形状が似ている鹿児島県の錦江湾を訓練場にしていたといいます。
★ モアナルア・パーク

御ぞんでしょうが、 「♪この~木何の木、気になる木~♪・・、」の、日立のコマーシャルで有名になったモンキーポッド(樹木名)で有名なモアナルア・パークです。
枝を大きく広げた樹齢約150年と言われる大きな木で、熱帯地方の庭園や公園に広く植樹されており、夜や雨の日には葉を閉じ、またネムと似た淡紅色の花をつけることからアメリカネムとも呼ばれるそうです。
この木は熱帯の日差しの強さに耐え切れず上でなく横に広がる習性があるといいます。

★ イオラニ宮殿

宮殿には、キング・ストリートを挟んで、南側の宮殿にはカメハメハ大王の銅像も建っています。 ハワイのシンボルであるカメハメハ大王像の正面に建つ「イオラニ宮殿」は、アメリカに存在する唯一の宮殿で、1882年 ハワイ王朝7代目の王「カラカウア」によって建設されたものです。 1893年 白人が起こしたクーデターにより、八代目となる女王「リリウオカラニ」(カラカウアの妹)の王位が剥奪され、王朝が崩壊するまでの11年間、公邸として使用された。
ハワイを統一したカメハメハは、優れた外交手腕で西洋諸国との友好関係を維持してハワイの独立を守り、伝統的なハワイの文化の保護と繁栄に貢献したとされます。
御存じ、NHK・みんなのうたに採用された童謡「南の島のハメハメハ大王」の題材となるなど有名です。
★ ダイヤモンドヘッド登山

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ワイキキの海から姿良く見渡せるのがダイヤモンドヘッドという山で、1ドルの入山料を払って頂上まで登山も出来ます。 途中から一寸急な上りになりますが、1時間少々で山頂へ行けます。 山頂からの景色は本当に最高であり、「あー来てよかったー!」と心から実感できます。

★ ワイキキのグルメ、和風レストラン「踊り子」

ハワイの旅で、宿泊したワイキキのホテルの近くにキングス・ビレッジという一つのタウンがあります。 其処にはネットでも調べたし、昨夜下見をしておいたキングス・ビレッジの「踊り子」というレストランがあります。 “伊豆の踊り子“ならぬハワイのワイキキの踊り子でありました。 勿論、日本料理店の大きな居酒屋兼レストランでありました。
この一角にはチョット派手な飲食店も10軒前後在って、所謂、日本人好みのラーメン屋やバーガーショップ、其れに小さな居酒屋や甘味処なども揃っていて、その中心位置にその「踊り子」があるのです。
われ等夫婦も先ずは生ビールや日本酒(冷酒)を飲みながら各種の海鮮料理を戴き、何やら周囲を見渡しても日本国内にいるような錯覚をしてしまうほどの雰囲気で、その海鮮居酒屋料理をスッカリ堪能したのでした。
因みに、一般のハワイの飲食店やレストランでは、食事の後には10%前後のチップを係りの人に渡すのが通常となっているようですが、こちらの「踊り子」では会計時、支払時に同時精算するようなので手間が省けました。

★ ハワイと日本の関係

ハワイと日本との関連については19世紀後半に、世界一周の旅行で日本にもやって来ましたハワイ王のカラカウア(ハワイ王国の第7代国王)です。 この時、ハワイ王国の安泰を図るため、姪子のカイウラニ王女と日本の宮様・山階宮(やましなのみや)との縁談を日本政府に持ち出したのでした。

しかし、アメリカは当時ハワイの攻略を狙っていた時期でもあり、日本政府はアメリカとの対立を避けるために、この縁談を丁重に断っているのです。 もし、この縁談が実っていたら、ハワイ王朝はもっと長く存続していたであろとも言われているのです。 此の時に、「タラ、レバ」になりますが、ハワイは日本の最友好国か、若しくは沖縄県と同じように日本の一県になっていたかも知れないのです。 この友好親善がキッカケとなって、日本人の多くがハワイに在住するようになり、移民としても大多数がハワイの住民に成ったのです。

ところで、ハワイの歌として誰でも知っている「アロハ・オエ」がありますね。 此の歌は別れの歌とも言われていて実は、ハワイ王朝の最後の王であったリリウオカラニ女王が作詞・作曲したものであるとされています。 ハワイ王朝の最後の王妃であるリリウオカラニ女王が、愛する祖国を失う悲しみや無念に思う気持ち、それに、ハワイの人々を思いやる愛する気持ち、感謝の気持ちを歌にしたもので、其の思いが自然と伝わってきますね。
因みに、アロハとは愛する気持ち、オエとはあなた、という意味になるそうです。

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